青汁の歴史

「まずい!もう一杯」というコマーシャルで一躍有名になった「青汁」ですが、実は歴史は古く千年も前から飲まれていた健康飲料なのです。
日本最古の医学書にも現在の青汁の原型が記されていて、擣汁・搗汁・杵汁などと呼ばれていたそうです。

現在のような青汁が広く普及するようになったのは、1940年代の戦前戦後の食糧難の時代と言われています。岡山にある倉敷中央病院長だった遠藤博士が、人々の栄養不足を克服するために、初めてケールの青汁を作りました。
今まで捨てていた葉の部分を患者に飲ませて栄養状態を観察していたところ、葉緑のビタミンやミネラルにより栄養素の体内利用を促進し、エネルギーやたんぱく質の必要量が少なくなる働きがあることを発見しました。

青汁ブームの先駆けとなったキューサイの青汁は、それまでは九州でしか知られていませんでした。
「まずい!もう一杯」のコマーシャルにより、一躍全国区に知れ渡ることになりました。
現在では改良が進み原料もケールだけでなく、飲み易く果汁を加えたりした青汁も増えてきています。

なぜ緑色なのに青汁というかというと、昔の日本語には色を表すのは4つしかなく「青・赤・白・黒」だけだったのです。
緑というのは色を呼ぶ言葉ではなく、芽や水などに関係することをさしていました。
現在の「緑」色は昔は「青」と呼んでいたのです。現在でも名残りは多く「青信号」「青菜」などもそうですね。

健康には良いけれど「青汁はまずい」というのは、現在ではほとんど過去の話となり、何十種類もの様々な青汁が通販などで売られています。